「営業なんてしたことがないのに、独立してやっていけるのか」。フリーランスとして設計の仕事を始めようとする人から、この質問を何度も受けてきた。私自身、会社員時代は営業活動とは無縁の立場だった。それでも20年近く外部設計者として案件を途切れさせずに続けてこられたのには理由がある。今回は、私の案件がどこから来ているのか、その実態を包み隠さず書いてみたい。派手なテクニックの話ではなく、地味で泥臭い積み重ねの話になるが、独立を考えている人にとっては、むしろそちらの方が参考になるのではないかと思っている。
私の案件の内訳を数字で振り返る
まず結論から先に言うと、私がいわゆる新規の営業活動によって獲得した案件は、これまでのキャリア全体を通して見ても決して多くない。過去の案件を振り返ってみると、最も多いのは既存の取引先からの継続依頼と、そこからの紹介によるものだ。感覚としては、全体の七割以上がこの二つの経路で成立している。この数字は、独立当初から一貫しているわけではなく、年を追うごとに継続依頼と紹介の比率が徐々に高まっていったという経緯がある。
残りの一割から二割ほどは、以前一緒に仕事をした技術者や、常駐先で知り合った担当者が転職や異動をした先から声がかかるケースだ。人のつながりが会社の枠を超えて案件になる、というパターンである。純粋に営業活動、つまり自分から新規の相手に対して働きかけて獲得した案件は、全体の一割に満たない。
このパターンは、常駐という働き方をしてきた技術者に特有の強みだと思う。常駐先で一緒に働いた担当者は、私の仕事ぶりを直接目にしている。その担当者が別の企業に移った際、以前の仕事ぶりを信頼して声をかけてくれるというのは、いわば実績を伴った紹介であり、初対面の営業活動よりもはるかに成立しやすい。転職や異動によって人間関係が広がっていくという現象は、長く一つの業界に身を置いていればいるほど、じわじわと効いてくるものだと感じている。
この内訳を初めて意識的に整理したとき、自分でも驚いた記憶がある。営業が苦手だと思い込んでいたが、実際には「営業らしい営業」をほとんどしていなかった。それでも案件が途切れなかったのは、既存の関係性の中で信頼を積み重ね、それが次の依頼につながるという循環ができていたからだと気づいた。
この数字を同業の技術者に話すと、多くの人が似たような比率だと語る。設計という専門性の高い仕事は、飛び込み営業や広告で契約が決まるものではなく、実績と信頼の積み重ねによって少しずつ関係が広がっていくものなのだと、改めて実感させられる。裏を返せば、目に見える営業活動をしていないからといって、営業をしていないわけではないということでもある。日々の仕事の一つひとつが、次の案件を呼び込むための種まきになっているという感覚を持てるようになってから、営業活動というものへの向き合い方が大きく変わったように思う。
継続依頼という最大の営業資産
フリーランスの営業活動において、私が最も重視しているのは、実は新規開拓ではなく、今関わっている案件の質を上げることだ。一つの案件を誠実にやり遂げれば、その相手から次の依頼が来る可能性が高くなる。これが結果的に、最も効率のよい営業活動になっている。
私が長年取引を続けている企業の一つは、最初はごく小規模な部品図面の修正から始まった関係だった。当時はその会社との取引がここまで続くとは想像していなかったが、納期を守り、指摘された内容に誠実に対応し続けるうちに、少しずつ任される範囲が広がっていった。今では構想段階からの相談を受ける関係になっている。営業活動という言葉からは想像しにくいかもしれないが、目の前の仕事を丁寧にこなすことそのものが、次の仕事を生む最大の原動力になっている。
この関係が育っていく過程を振り返ると、節目節目でこちらから小さな提案を重ねていたことに気づく。修正依頼に応じるだけでなく、次の案件につながりそうな改善点をさりげなく共有する、次年度の計画があれば早めに相談に乗る姿勢を見せる、といった小さな積み重ねだ。派手な売り込みではなく、こうした細やかな気配りの連続が、結果的に取引の規模を少しずつ押し広げてきたのだと思う。焦って一足飛びに取引を拡大しようとせず、時間をかけて信頼を積み上げてきたことが、今振り返ると正しい選択だったと感じている。
継続依頼を維持するために私が意識しているのは、案件が終わった後の姿勢だ。納品して終わりにするのではなく、その後の不具合対応や質問に対しても、契約の範囲を大きく超えない限り、できるだけ迅速に対応するようにしている。この積み重ねが、次に何かあったときに真っ先に声をかけてもらえる関係につながっていると感じている。
もう一つ意識しているのは、依頼された範囲より一歩踏み込んだ提案を添えることだ。指示された図面修正だけをこなすのではなく、関連する部分で気づいた懸念点や改善案があれば、必ず一言添えるようにしている。私が担当したある案件では、依頼範囲外だった部品の干渉リスクを指摘したことがきっかけで、その後の周辺設計まで任されるようになった。求められた仕事以上のものを返す姿勢が、結果的に次の依頼の幅を広げてくれている。もっとも、やりすぎると余計なお世話と受け取られかねないため、相手の反応を見ながら加減を調整することも忘れないようにしている。
紹介という経路をどう育てるか
紹介による案件は、コストをかけずに得られる最も質の高い営業成果だと私は考えている。ただし、紹介は待っているだけで自然に発生するものではない。私の経験では、紹介が生まれるかどうかは、相手にとって「紹介しやすい状態」を自分がつくれているかどうかにかかっている。紹介というのは、紹介する側にとっても心理的なハードルがある行為であり、そのハードルを下げてあげる工夫をこちら側からしていく必要がある。
具体的には、自分がどんな分野を得意としているかを、取引先が説明しやすい言葉で伝えておくことが重要だ。専門分野が曖昧なままだと、相手も誰かに紹介しようがない。私は打ち合わせの中で、自分の得意領域や過去の実績について、聞かれたら簡潔に答えられるように整理しておくよう心がけている。実際、ある取引先の担当者が別の会社の知人に私を紹介する際、以前雑談で話した実績をそのまま伝えてくれていたことがあった。日頃の何気ない会話が、紹介の材料になっていたわけだ。
紹介という経路のなかなか興味深いところは、こちらがまったく意図していなかったタイミングで思いがけず発生することが多いという点だ。私自身、案件が一段落して特に営業らしい動きをしていなかった時期に、思いがけず古い取引先から連絡が来たことがある。話を聞くと、たまたま別の会社の担当者と雑談をしていた際に私の名前が挙がり、興味を持たれたということだった。こうした偶然を呼び込むためにも、日頃から自分の専門性を明確に伝えておくことの重要性を痛感させられた出来事だった。
こうした偶然は、狙って起こせるものではないが、起こりやすい土壌を整えることはできる。日頃の仕事ぶりや専門性についての印象を、関わった相手の記憶に少しでも強く残しておくこと。それが結果的に、思わぬタイミングでの紹介という形になって返ってくるのだと、私はこれまでの経験から感じている。
また、紹介をもらった後の対応も重要だ。紹介者の顔を潰さないよう、紹介された案件には特に丁寧に対応するようにしている。私が担当したある紹介案件では、通常よりも早めに進捗報告を入れるなど、紹介してくれた相手にも安心してもらえるよう配慮した。この結果、その紹介者からはその後も複数の案件を紹介してもらえる関係が続いている。
紹介には、紹介した側にも一定のリスクが伴うということを忘れてはならない。もし紹介された技術者の仕事の質が悪ければ、紹介した人自身の評価にも傷がつく。私はこの構造を理解した上で、紹介案件では通常以上に慎重に仕事を進めるようにしている。紹介してくれた相手の信用の上に自分の仕事が乗っているという意識を持つことが、次の紹介につながる最も確実な方法だと考えている。
さらに、紹介をもらった際には、その後の経緯や結果がどうなったかを紹介者に必ず報告するようにしている。案件が無事に成立したのか、条件が合わず見送りになったのか、いずれにしても経緯を伝えることで、紹介者は自分の紹介が役に立ったのかどうかを把握できる。この報告を怠ると、紹介者は次に紹介してよいものかどうか判断がつかなくなり、結果として紹介の連鎖が途切れてしまう。小さな配慮に見えるが、紹介という経路を長く維持する上で欠かせない習慣だと考えている。
ウェブサイトやSNSは営業の主役になり得るか
独立当初、私はウェブサイトを作れば案件が来るのではないかと考えたことがある。実際に簡単なポートフォリオサイトを用意した時期もあったが、正直なところ、そこから直接案件が発生したことはほとんどない。機械設計という分野は、検索から偶然たどり着いた相手が発注を決めるような性質の仕事ではないというのが、私の実感だ。発注する側の企業にとって、設計という重要な工程を任せる相手を、面識のないウェブサイトの情報だけで決めるというのは、リスクが大きすぎるのだろう。
ただし、ウェブサイトやSNSが無意味だったわけではない。紹介を受けた相手が、発注を決める前に私の名前で検索し、経歴や実績を確認するという場面が何度かあった。つまり、直接の営業ツールではなく、既にある信頼を補強するための材料として機能していたということになる。この役割を理解してからは、派手な集客を狙うのではなく、実績や考え方を淡々と記録しておく場所として、こうした媒体を位置づけ直した。
一方で、業界や分野によっては、こうした情報発信が直接の営業経路になり得る可能性も感じている。私自身は活用しきれていないが、専門性を発信し続けることで、これまで接点のなかった相手から声がかかるという事例も同業者から聞いたことがある。今後、既存の関係性だけに依存しすぎないための保険として、情報発信をどう位置づけるかは、私自身の課題でもある。
こうして振り返ると、ウェブサイトやSNSの役割は、時代とともに少しずつ変わってきているようにも感じる。かつては単なる名刺代わりだったものが、今では発注前の下調べの一環として機能する場面が増えている。直接の集客効果を過信する必要はないが、信頼を補強する材料として最低限の情報を整えておくことは、フリーランスとして活動を続ける上で欠かせない備えになりつつあると考えている。
案件が途切れる不安とどう向き合うか
フリーランスである以上、案件が途切れる不安からは完全に自由にはなれない。私自身、独立してから何度か、次の案件の目処がまったく立たない時期を経験してきた。この不安との付き合い方は、営業活動そのものと同じくらい重要なテーマだと感じている。
私がこれまで実践してきたのは、常に複数の取引先と良好な関係を維持し、一つの相手だけに依存しすぎない体制をつくることだ。特定の企業からの依頼だけに頼っていると、その企業の事情が変われば一気に収入が不安定になる。私は意識的に、業種や規模の異なる複数の取引先と並行して関係を保つようにしてきた。ある取引先の案件が一時的に減っても、別の取引先の案件でカバーできる状態を維持することが、精神的な余裕にもつながっている。
かつて、主要な取引先の一社から急に発注が止まったことがあった。原因はその企業の設備投資計画が延期されたことだったが、当時複数の取引先を並行して維持していたおかげで、収入への影響を最小限に抑えることができた。この経験以降、どれだけ一つの取引先との関係が良好でも、そこに依存しすぎない体制を意識的に保つようになった。特定の相手との関係の深さと、複数の相手への分散、この二つは矛盾するようでいて、実は両立させなければならないバランスなのだと理解している。
目安として私が常に意識しているのは、一つの取引先が売上全体に占める割合を、ある一定の水準を超えないように調整することだ。厳密な数値目標があるわけではないが、一社への依存度が高くなりすぎていると感じたときは、意識的に他の取引先との関係構築に時間を割くようにしている。この調整を怠ると、好調なときほど一社依存のリスクに気づきにくくなるため、定期的に自分の売上構成をきちんと振り返る習慣を持つことが大切だと感じている。
また、案件が少ない時期こそ、普段は後回しにしがちな関係維持のための連絡を意識的に増やすようにしている。用件がなくても、近況を伝える程度の連絡を入れておくことで、相手の記憶に残り続けることができる。忙しい時期には疎かになりがちなこうした地道な接点が、閑散期を乗り越えるための備えになっていると実感している。
不安と向き合う上でもう一つ大切にしているのは、閑散期を無駄な時間にしないという発想の転換だ。案件が少ない時期は、普段忙しさにかまけて後回しにしていた技術の学び直しや、過去の案件の振り返りに充てる貴重な機会でもある。私は案件が空いた時期に、それまで扱ったことのなかった解析手法を独学で学んだことがあり、その知識が後の案件で役立った経験がある。不安を抱えたまま何もせずに待つのではなく、次につながる準備の時間として捉え直すことで、精神的な負担も幾分か軽くなると感じている。
これから独立する人に伝えたいこと
これから設計者として独立を考えている人に伝えたいのは、営業活動を特別なスキルとして捉えすぎなくてよいということだ。私自身、話術に特別長けているわけでも、積極的に人脈を広げるのが得意なわけでもない。それでも20年近く仕事を続けてこられたのは、目の前の案件を誠実にこなすという、地味だが確実な行動をひたすら積み重ねてきたからだと思っている。営業が苦手だからフリーランスは無理だと考えて独立を諦めてしまうのは、少しもったいないことだと感じている。
もちろん、業界や職種によっては、私がこれまで経験してきたのとは異なる営業のかたちが求められる場合もあるだろう。すべての分野で同じ方法がそのまま通用するとは限らない。それでも、専門性の高い技術職においては、派手な営業テクニックよりも、地道な信頼構築の方が長期的に効いてくるという原則は、ある程度共通しているのではないかと私は考えている。
一方で、何もしなくても案件が来ると考えるのは楽観的すぎる。私の場合、独立当初の数年間は、会社員時代の人脈を頼りに、自分から連絡を取り、状況を伝えるという行動を意識的に行っていた。この初動がなければ、今のような継続的な関係性は築けなかっただろう。独立を決めた段階で、まず頭に浮かぶ限りの過去の関係者に連絡を取り、独立の報告と今後の相談先としての案内をしておくことを、私は強く勧めている。この最初の一手間を惜しむかどうかで、その後数年間の案件の出発点が大きく変わってくる。
営業活動という大げさな構えではなく、既存の関係を大切にしながら、必要なタイミングで自分の状況を伝える。この積み重ねこそが、フリーランス設計者にとって最も現実的で持続可能な営業のかたちだと、私は考えている。特別な話術や巧みな戦略を持ち合わせていなくても、目の前の仕事に誠実に向き合い、その事実を適切なタイミングで周囲に伝え続けていれば、案件は自然と巡ってくるものだというのが、20年近くこの働き方を続けてきた私自身の実感である。
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