欧州向けの装置案件が回ってくると、まず身構えるのがATEX指令への対応だ。防爆というと電気設計の話に聞こえるが、実際には機械設計の段階で決まってしまう要素が多い。私は大手メーカーに常駐する外部設計者として、化学プラント向け撹拌機や粉体搬送機のATEX対応設計を何度も担当してきたが、最初にゾーン区分と機器カテゴリを取り違えると後工程が全部やり直しになる。今回はその基礎を実務目線で整理しておきたい。
ATEX指令とは何を規制しているのか
ATEX指令は欧州連合における防爆機器の適合性評価を定めた指令で、正式には2014/34/EUという番号を持つ。ガス、蒸気、ミストあるいは可燃性粉じんが存在しうる爆発性雰囲気の中で使用される機器と防爆システムを対象にしており、CEマーキングの一部として扱われる。ここで重要なのは、ATEXが単体の「防爆モーター規格」ではなく、機械全体、配管、電気盤、センサー類まで含めた「システムとしての適合」を求めている点だ。
私が最初にこの分野に関わったとき、電気設計者から「モーターだけEx dにすれば良い」と言われて鵜呑みにしたことがある。しかし実際にはモーターに接続される軸受、カップリング、さらには機械的な摩擦で火花が出ないかという構造上の検討まで求められる。ATEXは電気機器規格である60079シリーズと、機械的な非電気機器を対象とするEN 13463シリーズの両方を包含しており、設計者としてはどちらの側面も見落とせない。
もう一つ誤解されやすいのが、ATEX指令には製造者側の義務を定める「2014/34/EU(通称114指令)」と、使用者側の義務を定める「1999/92/EC(通称137指令)」の2本が存在するという点だ。私たち設計者が直接向き合うのは前者だが、施主のプラント運用担当者は後者に基づいてゾーニングを行っている。この立場の違いを理解しておかないと、施主との打ち合わせで話が噛み合わなくなることがある。
ゾーン区分、機器カテゴリと保護構造の選定
ATEX対応の出発点は、対象エリアのゾーン区分だ。ガス雰囲気ではゾーン0(常時または長時間爆発性雰囲気が存在)、ゾーン1(通常運転時に時々発生)、ゾーン2(通常運転時には発生しないが万一発生しても短時間)の3段階に分かれる。粉じん雰囲気ではこれに対応する形でゾーン20、21、22が定義される。
このゾーンに応じて、使用できる機器のカテゴリが決まる。カテゴリ1機器はゾーン0でも使用可能な最高保護レベル、カテゴリ2はゾーン1、カテゴリ3はゾーン2向けという対応関係になる。私が担当した粉体搬送設備の案件では、施主が提示したゾーン図面がプラント全体で統一されておらず、同じホッパー周辺でもゾーン20と21が混在して記載されていた。このまま機器選定に進むと過剰スペックか不適合かのどちらかに振れてしまうため、施主の安全担当者を交えてゾーン境界を再確認する打ち合わせを設けた。設計者が図面を鵜呑みにせず、疑問点を投げ返す姿勢が結果的に手戻りを防ぐ。
| ゾーン(ガス) | ゾーン(粉じん) | 発生頻度の目安 | 必要カテゴリ |
|---|---|---|---|
| ゾーン0 | ゾーン20 | 常時または長時間存在 | カテゴリ1 |
| ゾーン1 | ゾーン21 | 通常運転時に時々発生 | カテゴリ2以上 |
| ゾーン2 | ゾーン22 | 通常時は発生しない | カテゴリ3以上 |
こうしたゾーンと機器カテゴリの整合を取ったうえで、次に検討すべきなのが具体的な保護構造の選定だ。爆発性雰囲気での着火源を排除する方法にはいくつかの保護構造があり、記号で表される。代表的なものとして、容器内部の爆発を外部に伝播させない耐圧防爆のEx d、火花や高温部を生じさせない構造とするEx e、電気エネルギーそのものを制限する本質安全防爆のEx i、内部を保護ガスで加圧するEx p、正常運転時に着火源を生じない非点火防爆のEx nなどがある。
どの保護構造を選ぶかは、単に規格上の要求だけでなく、保守性やコストにも直結する。私が経験した案件では、センサー配線が多い制御盤についてEx d(耐圧防爆)を採用すると盤全体が重厚になり、現場でのメンテナンス性が著しく低下することが分かった。そこで信号系統はEx i(本質安全防爆)に切り替え、動力系統のみEx dを維持する構成に変更した提案を行い、施主の電気設計チームと合意形成した経験がある。機械設計者であっても、保護構造の特性を理解していないと、この種の提案はできない。
保護構造の組み合わせは1台の機器の中で複数採用されることも珍しくない。私が携わった大型撹拌機では、モーター本体はEx d、モーターと減速機を接続する軸受周りはEx e、監視用の温度センサーはEx iという具合に、部位ごとに最適な保護構造を割り当てた構成となっていた。設計者としては、それぞれの境界部分での接続方式や配線経路にも防爆上の制約が及ぶことを理解しておく必要がある。
温度等級とガスグループの実務的な意味
爆発性雰囲気の性質を表すもう一つの軸が、温度等級(T1からT6)とガスグループ(IIA、IIB、IIC)、粉じんグループ(IIIA、IIIB、IIIC)だ。温度等級は機器表面の最高許容温度を示し、T6が最も厳しく85℃以下に抑える必要がある。ガスグループは対象ガスの爆発しやすさを示す指標で、水素などを含むIICが最も厳しい区分となる。
設計上厄介なのは、モーターや減速機などの発熱源が想定される機器で、負荷変動時の表面温度を実測または解析で確認しなければならない点だ。私が担当した撹拌機案件では、粘度の高い流体を撹拌する条件下でモーター負荷が定格の120%まで上昇するケースがあり、通常運転条件だけで温度等級を判定すると危険側になることが判明した。最終的にはメーカーと協議し、負荷変動を織り込んだ温度上昇試験データを取得してもらい、T4等級での適合性を確認した上で採用した。カタログスペックを鵜呑みにせず、実運転条件での裏付けを取る作業は、防爆設計では避けて通れない。
技術文書と適合性評価手続き、機械的着火源の洗い出し
ATEX適合を主張するには、技術文書(テクニカルファイル)の整備が欠かせない。設計図面、リスクアセスメント、部品仕様、試験報告書、取扱説明書などを体系的にまとめ、必要に応じて第三者機関(ノーティファイドボディ)の評価を受ける。カテゴリ1機器や一部のカテゴリ2機器では第三者機関の関与が必須となるため、開発スケジュールに認証期間を織り込んでおく必要がある。
私が痛感したのは、技術文書の整備を設計の最終段階でまとめて行おうとすると、必ず抜け漏れが出るということだ。ある案件では、リスクアセスメントを詳細設計と並行して進めず、量産図面が固まった後に着手した結果、着火源となりうる摩擦部位への対策が図面変更を伴う規模になってしまった。以降は、概念設計の段階からリスクアセスメントのドラフトを並走させ、着火源候補をリストアップしながら設計判断を行うようにしている。第三者機関とのやり取りも、初回審査で指摘を受けてから対応するのではなく、事前相談の枠組みを使って設計方針の段階でフィードバックをもらうようにすると、後戻りが大幅に減る。
技術文書に含める項目は多岐にわたるが、私が特に重視しているのは部品ごとの適合宣言書と試験報告書の紐付け管理だ。案件が長期化すると、途中でメーカーの型式が改訂されたり、代替品に切り替わったりすることがある。その際に古い試験報告書のまま技術文書を更新し忘れると、実際に納入される機器と文書の整合性が取れなくなる。私はこうした事態を避けるため、部品表と技術文書の対応関係を一覧化した管理シートを別途作成し、設計変更のたびに更新するルールを自分の中で徹底している。
技術文書の整備と並行して欠かせないのが、機械的な着火源の洗い出しという地味だが重要な作業だ。電気系統だけでなく、機械的な摩擦、衝撃、静電気の蓄積も着火源になりうる。回転軸のシール摩耗、ベアリングの異常発熱、ファンやインペラの偶発的な接触、プラスチック部材の摩擦帯電などが典型例だ。EN 13463シリーズはこうした非電気的な着火源への対策を要求しており、機械設計者が主体的に取り組むべき領域と言える。
私が担当した搬送コンベアの案件では、ベルトとプーリー間の摩擦による静電気蓄積が懸念され、導電性ベルトの採用とアース経路の確保を設計に織り込んだ。さらに、軸受温度を常時監視するセンサーを追加し、異常上昇時には自動停止するインターロックを組み込んだ。こうした対策は規格の条文を読むだけでは具体化できず、実機での挙動を想像しながら「どこで火花や高温が発生しうるか」を洗い出す地道な作業が必要になる。私は設計レビューの際、部品図を1枚ずつめくりながら「この部位が想定外に接触したら何が起きるか」を口頭で説明する時間を必ず設けており、これが結果的に見落としの発見につながることが多い。
IECExとの違い、国際案件と部品購入時のコスト要因
ATEXは欧州域内の指令だが、国際的な防爆規格としてはIEC発行のIECEx認証制度もある。両者は技術要求の多くがIEC 60079シリーズを共通基盤としているため親和性が高いが、認証プロセスや適用範囲、マーキング表記は別物である。私が中東向けプラント案件に携わった際、施主からATEXとIECExの両方の適合を求められたことがあった。技術内容自体はほぼ共通化できたが、必要書類のフォーマットや第三者機関の選定が別ルートになるため、スケジュールを別々に管理する必要があった。
海外案件では、現地の法規制がATEXやIECExをそのまま準用している場合と、独自の防爆規格を要求してくる場合があるため、案件初期の段階で施主や現地代理店に確認を取ることを徹底している。規格の思い込みで進めると、終盤で認証が取得できないという致命的な事態を招きかねない。
さらに、Brexit以降は英国向け案件でUKEXという英国独自のマーキング制度への対応も必要になった。技術要求自体はATEXとほぼ同一だが、認証機関や適合宣言書の様式が異なるため、欧州向けと英国向けを同一仕様で済ませられない場面が出てきている。私はこの変化を知らずに英国案件へATEXマーキングのまま出荷しようとして代理店から指摘を受けたことがあり、それ以降は納入先の国ごとに最新の制度動向を確認する習慣をつけている。規格は一度覚えれば終わりではなく、政治的な変化によっても更新され続けるものだと痛感させられた出来事だった。
こうした国際案件での規格対応と並んで、設計段階で見落としがちなのが部品購入時のコスト要因だ。ATEX対応機器は、一般用途の同等品と比べて調達コストが跳ね上がることが多い。防爆モーターは一般品の1.5倍から2倍程度の価格になることも珍しくなく、納期も長くなる傾向がある。私が見積もり段階でよく指摘するのは、機械設計者が図面上でカテゴリやガスグループを厳しめに設定しすぎるケースだ。実際のゾーンがゾーン2で十分なのに、念のためという理由でゾーン1相当のカテゴリ2機器を指定してしまうと、コストと納期の両方で不利になる。
私は概念設計の段階で、対象エリアのゾーン区分を施主と文書で確認し、その根拠を設計ノートに残すようにしている。後になって「なぜこのカテゴリを選んだのか」を説明できるようにしておくと、コストダウンの検討や仕様変更の場面でも判断がぶれない。また、標準品としてATEX対応のラインナップを持つメーカーを事前にリストアップしておくと、特注品よりも大幅に納期短縮できる場合があるため、部品選定の初期段階でメーカーのカタログを横断的に比較する作業を欠かさないようにしている。
保守・点検段階まで見据えた設計と防爆マーキングの読み方
防爆機器は設置して終わりではなく、供用期間中の点検や部品交換の際にも防爆性能を維持しなければならない。私が経験した案件では、Ex d構造の接合面(フランジ面)の隙間寸法が規格で厳密に定められており、現場でのオーバーホール時に誤った工具や手順で組み直すと防爆性能が損なわれる恐れがあった。そこで、取扱説明書に接合面の隙間寸法とトルク管理値を明記し、現地の保守担当者向けに図解入りの手順書を別途作成する提案を行った。
設計者が引き渡した後の運用まで意識するかどうかで、実際の防爆性能の維持は大きく変わる。私は図面や仕様書を作成する段階で、「この部品は現地でどう扱われるか」を常に想像するようにしている。特に海外拠点では、保守要員が必ずしも防爆の専門知識を持っているとは限らないため、専門用語に頼らない分かりやすい手順書の作成が実務上とても重要だと感じている。
保守段階の設計と併せて実務者が必ずつまずくのが、防爆マーキングの読み方だ。現場で機器を選定していると、銘板に「Ex II 2G Ex db IIB T4 Gb」といった表記が並んでいるのを目にする。最初にこの表記を見たときは記号の意味が頭に入らず、カタログを何度も見返した記憶がある。「II」は坑外用(鉱山以外)を示すグループ、「2G」はカテゴリ2かつガス対応、「Ex db」は保護構造(dは耐圧防爆、bは保護レベルを示す付記)、「IIB」はガスグループ、「T4」は温度等級、末尾の「Gb」は機器保護レベルを表している。
この表記を正しく読めないまま機器選定を進めると、施主のプラントで要求されるゾーンやガスグループと不整合を起こしたまま発注してしまうリスクがある。私は選定した機器の銘板表記を必ず一覧表にまとめ、要求仕様と照合するチェックシートを作るようにしている。地味な作業だが、海外メーカーのカタログ表記は微妙に書式が異なることもあり、思い込みでの読み違いを防ぐには手を動かして照合するのが一番確実だった。
施主とのコミュニケーションで感じたギャップ
日本国内のプラントに慣れた設計者が初めて欧州向け案件に触れると、防爆に対する要求の厳しさに戸惑うことが多い。私自身、国内基準の感覚で「この程度なら問題ない」と判断した設計変更を提案したところ、施主の安全担当者から「ATEXのリスクアセスメント文書を更新しない限り承認できない」と差し戻された経験がある。欧州の施主は、設計変更が防爆性能に影響しうるかどうかを機械的な直感ではなく、文書化されたプロセスで判断する文化が根付いている。
この経験以降、私は防爆区域内の機器に関わる設計変更を行う際には、変更内容がリスクアセスメントのどの項目に影響するかを事前に自分でメモしてから施主に提案するようにしている。こうすることで、施主側の確認作業がスムーズになり、結果的に承認までのリードタイムが短縮された。防爆設計は技術的な正しさだけでなく、相手の意思決定プロセスに合わせた情報の出し方も重要になる分野だと感じている。
まとめとして意識していること
ATEX対応の設計は、電気設計者だけの領域ではなく、機械設計者が着火源となりうる構造上のリスクを主体的に洗い出す作業を含んでいる。ゾーン区分と機器カテゴリの対応、保護構造の選定、温度等級とガスグループの確認、技術文書の並走整備、そして機械的着火源への対策——これらを設計の初期段階から意識することで、終盤での大きな手戻りを防げる。私自身、何度か痛い目を見た経験から、防爆案件では「疑わしきはリスクアセスメントに書き出す」という姿勢を徹底するようにしている。
規格書を読み込むだけでは実務は回らない。実際の設備でどこに着火源が潜んでいるかを想像し、施主や協力会社と対話しながら文書に落とし込んでいく地道な積み重ねこそが、防爆設計の本質だと感じている。



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