設計者の仕事は図面を描くだけでは決して終わらない。特に外部設計者として大手メーカーの案件に長く関わっていると、部品の調達先を選定し、発注管理まで一手に担うことも少なくない。私はかつて、価格の安さと過去の実績だけを頼りにサプライヤーを選び、実際の製造能力や社内体制を十分に確認しないまま特殊部品を発注してしまい、結果として納期を3ヶ月も遅らせてしまったことがある。今回はその経緯と、原因の分析、そしてリカバリーの過程を含め、そこから学んだ発注管理の教訓を紹介したい。
特殊仕様の架台部品を外注することになった経緯
機械設計歴も20年になると、部品や機構そのものの設計に加えて、調達先の選定や発注管理までを一手に任される機会が増えてくる。この失敗談は、そうした調達管理の重みを痛感させられた案件のひとつだ。私が担当していたのは、大型の検査装置に組み込む特殊仕様の溶接架台一式の設計と、その製作を担う協力会社の選定から発注、進捗管理までだった。この架台は一般的な板金加工品とは異なり、大型のH形鋼を組み合わせて溶接し、さらに高精度な機械加工を後工程で施す必要がある複合的な部品だった。社内では過去にこうした大型溶接構造物を扱った実績がある協力会社が数社あり、私はその中から見積もりを取り、最終的にコストが最も抑えられる会社に発注することを決めた。
選定にあたっては、その会社が過去に類似の溶接架台を製作した実績があることは確認していた。担当営業からも「うちなら問題なく対応できますので、ご安心ください」という頼もしい返事をもらっており、私自身、価格面での優位性と過去の実績という二つの材料がそろっていることで、十分な判断材料になると考えていた。見積もり金額は他社と比較して2割ほど安く、コスト意識の強い客先にとっても歓迎される選択に映った。
客先からは、この案件のコストダウンについて以前から要望を受けており、私は少しでも予算内に収める工夫を求められている状況にあり、社内的にもコストダウンの実績を評価されやすい立場に置かれていた。そうした背景もあり、見積もり金額の安さは私にとって非常に魅力的な条件に映った。過去の実績についても、確認したのは「類似の架台を手がけたことがある」という一言の回答のみで、具体的にどのようなサイズの案件だったのか、単独で手がけたのか他社と協業したのかといった詳細までは踏み込んで聞いていなかった。今にして思えば、この確認の浅さこそが、後のトラブルの出発点だった。
発注前の打ち合わせでは、図面の内容や公差、溶接後の熱処理の要否などについて確認を行い、技術的な擦り合わせ自体は問題なく進んだ。この段階では、私はこの発注に何の不安も感じていなかった。むしろ、これまで付き合いのなかった新しい協力会社を開拓できたことに、ある種の手応えすら感じていたことを覚えている。
当時の私は、既存の付き合いのある協力会社だけに頼るのではなく、新しい選択肢を増やしていくことも自分の役割のひとつだと考えていた。コスト競争力のある新規の取引先を開拓できれば、客先にとってもメリットになるという思いもあり、この案件を通じて関係を築いていきたいという前向きな気持ちが強かった。結果的には、この前向きさが慎重な確認を後回しにしてしまう一因になったのだと、今では思う。
発注後に見えてきた違和感
発注してから最初の1ヶ月は、特に問題なく進捗報告が上がってきていた。材料の手配が完了し、切断加工に入ったという報告を受け、私は当初のスケジュール通りに進んでいるものと安心していた。ところが2ヶ月目に入った頃から、進捗報告の内容が徐々に曖昧になり始めた。「順調です」という言葉は続くものの、具体的にどの工程がどこまで進んでいるのかという詳細が、以前ほど明確に返ってこなくなっていた。
私は念のため、進捗確認のために協力会社の工場を訪問することにした。それまでは電話とメールでのやり取りのみで、実際に工場を訪れるのは発注後初めてのことだった。実際に工場を訪れてみると、大型のH形鋼を扱うための溶接治具や、それを固定するための定盤といった設備が、想定していたよりもかなり小規模であることに気づいた。担当者に詳しく話を聞くと、実はこの規模の溶接構造物を単独で手がけるのは今回が初めてに近く、これまでの実績はもっと小型のものが中心だったという事実が明らかになった。
実際に足を運んでみると、工場の敷地面積自体もそれほど広くなく、今回の架台のような大型構造物を製作するスペースを確保するだけでも一苦労している様子がうかがえた。担当者の説明によれば、当初は近隣の別会社の敷地を一時的に借りて作業する計画だったが、その調整が思うように進まず、結果としてスケジュールに遅れが生じ始めていたとのことだった。私はこの説明を聞きながら、見積もり段階で聞いていた話とはずいぶん様子が違うと感じ始めていた。
その場では担当者から「時間はかかりますが、必ず仕上げます」という説明を受けたものの、私の中で強い不安がよぎった。過去の実績があると聞いていた内容と、実際に工場で目にした設備や体制との間に、明らかなギャップがあったからだ。私はこの時点で、当初の見積もり段階での確認が不十分だったことを痛感し始めていた。
案内された工場内を見渡すと、稼働している作業員の数も想像していたより少なく、ベテランと思われる職人が一人で複数の工程を掛け持ちしている様子がうかがえた。溶接の腕自体は確かなものを感じたが、大型構造物を計画的にさばいていくための生産管理という観点では、体制が追いついていないように見えた。この違和感を覚えた時点で、より踏み込んだ確認や、場合によっては発注の見直しを検討すべきだったと、今振り返ると強く思う。
判明した製造能力不足という現実
工場訪問から数週間後、私の抱いていた不安が的中する形で、案の定、当初予定していた納期に間に合わないという連絡が正式に入った。理由を詳しく聞くと、大型部材の溶接歪みを抑えるための治具が社内になく、急遽外部の設備を借りて対応しようとしていたが、その調整に時間がかかっているとのことだった。さらに、溶接後の機械加工についても、社内の加工機では架台のサイズに対応できず、別の協力会社に再委託する必要が生じていたことも判明した。
つまり、この会社は今回の案件を受注した時点で、単独では最後まで製作しきれない規模の仕事を引き受けていたことになる。見積もり段階で提示された金額の安さは、こうした能力不足を認識しないまま算出されたものだったのか、あるいは受注を優先するあまり、無理を承知で見積もりを出していたのか、真相は定かではない。いずれにせよ、結果として当初予定していた納期から3ヶ月遅れるという事態に至ってしまった。
後日、担当営業とも改めて話す機会があったが、彼自身も現場の設備状況を正確に把握しないまま、上層部からの受注拡大の方針を受けて前向きな回答をしてしまっていたようだった。会社としての経営判断と、現場の実際の製作能力との間にギャップがあったことも、今回の問題の背景にあったのだと感じている。発注する側としては、こうした企業内部の事情まで正確に見抜くことは難しいが、だからこそ表面的な回答を鵜呑みにせず、自分の目で確かめる姿勢が重要だったのだと痛感した。
私はこの報告を受けた時、頭が真っ白になったことを今でも覚えている。客先の生産ラインの立ち上げスケジュールは既に確定しており、この架台の納品が遅れることは、装置全体の据付、さらにはライン全体の稼働開始時期にまで影響が及ぶことを意味していた。
私はすぐに社内の上長に状況を報告し、対応方針を相談した。上長からは「まずは正確な見通しを立てることが先決だ」と助言を受け、感情的にならず冷静に事実を積み上げていくことの重要性を教えられた。その助言に従い、協力会社に対して残工程ごとの所要日数を詳細に洗い出してもらうよう依頼した。この時点で判明した遅延見込みは当初1ヶ月程度とされていたが、後になって溶接歪みの矯正作業に想定以上の手間がかかることが判明し、最終的には合計で3ヶ月の遅延に膨らんでしまった。見通しの精度自体も、当初は楽観的すぎたことを思い知らされた。
なぜ製造能力を確認せず発注してしまったのか
振り返ってみると、私の選定プロセスには明確な欠陥があった。見積もり依頼の際に確認していたのは「類似の実績があるか」という点だけであり、「その実績がどの規模で、どのような体制で製作されたものか」までは踏み込んで確認していなかった。実績の有無だけを聞いて安心してしまい、規模感や製作体制という、本来最も重要な情報を見落としていたのである。
下記は、後になって当時の選定プロセスを自分なりに整理し直したものだが、価格と技術的な仕様確認は行っていたのに対し、製造キャパシティという観点の確認は完全に抜け落ちていたことが一目でわかる。
| 確認項目 | 実施状況 |
|---|---|
| 見積金額の比較 | 実施 |
| 図面仕様・公差の擦り合わせ | 実施 |
| 過去の実績の有無 | 実施(規模感までは未確認) |
| 現有設備・製造キャパシティ | 未実施 |
| 同時並行案件の有無 | 未実施 |
さらに言えば、私は発注のタイミングで、この協力会社が他にどれだけの案件を同時に抱えているかも確認していなかった。後から聞いた話では、ちょうど同じ時期に別の大型案件も並行して受注しており、限られた人員と設備をやりくりする中で、今回の架台の優先順位が結果的に下がってしまっていたという事情もあったようだ。価格の安さに気を取られ、本来確認すべき能力面の裏付けを怠ったことが、今回の遅延の根本的な原因だった。
今振り返ると、見積もり比較の場面で私はどうしても金額という一番わかりやすい指標に目を奪われがちだった。複数社から見積もりを取った際、価格差が2割ともなれば、それだけで有力な選択肢として映ってしまう。しかし、その安さの裏に何があるのかまで踏み込んで確認する習慣が、当時の私には決定的に欠けていた。価格の妥当性を判断するには、その金額でどのようにして案件をこなすつもりなのか、体制面の説明までセットで求めるべきだったのだと、今では強く思う。
リカバリーのための奔走
納期遅延が判明してから、私はまず客先への影響を最小限に抑えるための代替案を検討した。協力会社に対しては、溶接歪み対策の治具を社内の別の協力会社から借りられないか掛け合い、機械加工についても、私が普段から付き合いのある加工会社を紹介し、再委託先の選定を後押しした。結果として、当初の見込みよりは短縮できたものの、それでも当初予定から3ヶ月の遅延は避けられなかった。
並行して、私は客先の設備担当部門と工程管理部門に対して、遅延の状況を週次で報告する体制を組んだ。単に「遅れています」と伝えるだけでなく、現在どの工程が完了し、残りの工程にどれだけの時間がかかる見込みかを、できる限り具体的な数値とともに提示するよう心がけた。見通しが不透明なままでは、客先側も後工程の調整計画を立てられないため、精度は完璧でなくとも、その時点でわかっている最善の情報を出し続けることを意識した。
また、私自身も週に一度は協力会社の工場に足を運び、進捗を直接確認するようにした。電話やメールでの報告だけに頼っていては、また同じように実態とのズレに気づけないままになる恐れがあったからだ。実際に現地で確認することで、治具の調整が難航している様子や、再委託先とのやり取りに時間がかかっている状況を、報告よりも早い段階で把握できるようになり、客先への説明にもより正確な情報を反映できるようになった。
客先への説明と信頼回復
遅延が確定した段階で、私は客先の責任者に直接お詫びに伺い、遅延の経緯と原因、そして今後の見通しについて説明した。正直なところ、厳しい叱責を覚悟していたが、責任者からは「原因と対策がはっきりしているなら、まずは最後までやりきってほしい」という言葉をいただき、救われる思いだった。この一件を通じて、トラブル発生時に誠実に向き合う姿勢が、最終的な信頼関係を左右するのだと改めて実感した。
説明の際には、単に謝罪するだけでなく、なぜこの協力会社を選定してしまったのか、その判断プロセスのどこに問題があったのかまで含めて正直に伝えるよう心がけた。都合の悪い情報を隠して体裁を整えるよりも、失敗の経緯をすべて開示したほうが、かえって相手の理解を得やすいのだということを、この経験を通じて学んだ。責任者からは、今後の類似案件における発注先選定の基準についても意見を求められ、私はこの一件をもとに整理した新しい確認項目を提示し、了承を得ることができた。
最終的に架台は完成し、装置全体の据付も無事に完了したが、3ヶ月の遅延によって客先の生産計画全体が後ろ倒しになったことは事実であり、その責任の重さを私は忘れることができない。この経験は、単なる部品調達の失敗にとどまらず、案件全体をマネジメントする立場としての未熟さを痛感させられる出来事だった。
客先の担当者とは、その後もこの案件をきっかけに関係が悪化することはなく、むしろ「厳しい状況でも逃げずに対応してくれた」という評価をいただくことができた。実際、その後も同じ客先から複数の案件を継続して任せてもらえており、この一件が長期的な信頼関係を損なう結果には至らなかったことは、今振り返っても幸運だったと思う。これは決して私の対応が優れていたからではなく、たまたま理解のある担当者に恵まれただけかもしれない。しかし、この経験を通じて、トラブルが起きたときにこそ、その後の関係性が大きく左右されるのだということを、身をもって学ぶことができた。
再発防止のために変えた発注プロセス
この一件を受けて、私は外注先の選定プロセスを根本的に見直した。まず、初めて取引する協力会社や、過去の実績が今回の案件規模と大きく異なる場合には、発注前に必ず工場を訪問し、実際の設備と体制を自分の目で確認することをルール化した。次に、見積もり依頼の段階で「同時期に抱えている他案件の状況」についても確認する項目を追加し、繁忙度合いをできる限り把握するようにした。
工場訪問の際には、単に設備を見て回るだけでなく、実際に類似の製品を作っている様子を見せてもらう、あるいは過去の製作物の写真や検査記録を見せてもらうといった具体的な確認方法も取り入れるようにした。口頭での説明だけでは実態を見誤るという教訓を、今回の一件で痛いほど学んだからだ。こうした確認には多少の手間と時間がかかるが、発注後に取り返しのつかない遅延を招くリスクを考えれば、決して惜しむべき時間ではないと今では確信している。
さらに、特に重要な部品や工程が複雑な案件については、進捗報告を月次ではなく週次に変更し、具体的な工程完了状況を写真や記録とともに提出してもらう運用に改めた。加えて、初回取引先については契約前に工場見学を必須化し、実際の設備、従業員数、他案件の稼働状況までを確認したうえで発注可否を判断するプロセスを社内で提案し、採用してもらった。
この経験から得た最大の教訓は、価格や過去の実績といった表面的な情報だけで発注先を判断せず、実際に製作を担う体制そのものを、時間をかけてでも自分の目で見極める必要があるということだった。設計図面を正確に描く力と同じくらい、発注先を見極める目を養うことが、外部設計者としての責任を果たすうえで不可欠なのだと、今では強く感じている。20年の経験を積んでも、こうした調達管理の落とし穴は形を変えて何度でも現れる。だからこそ、慣れた案件ほど、また急いでいる案件ほど、基本的な確認を省略しないという姿勢を、私は今も自分自身に言い聞かせ続けている。



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