はじめに
機械設計者として20年、外部設計事務所の社員という立場で、複数の大手メーカーに常駐してきた。
設計のメインは産業機械、特に繰返し荷重を受ける搬送装置・プレス周辺機器・回転機械の支持架台だ。
この世界で避けて通れないのが「疲労」だ。
静的強度では割れるはずのない部材が、何百万回かの繰返し応力で、ある日突然パキッと折れる。
若い頃に一度、ロボット先端のブラケットを「引張強さの1/3だから余裕」と判断して設計し、3か月後に疲労破壊で吹っ飛んだ。あの破面の貝殻模様(ビーチマーク)は今も忘れられない。
この記事では、疲労試験の基礎、S-N曲線の読み方、繰返し荷重を受ける部材の設計判断軸を、現場目線で整理する。
疲労とは何か——静的破壊との根本的な違い
引張試験(JIS Z 2241)で測る引張強さは、1回だけ荷重をかけて破壊したときの強さだ。
これに対し疲労は、引張強さ以下の応力を何百万回も繰返したときに、突然破壊する現象。
普通の構造用鋼SS400なら引張強さ400MPa以上。これに対し疲労限度(後述)は200MPa前後しかない。
つまり静的強度の半分の応力でも、繰返せば壊れる。
これが疲労の怖さで、強度計算だけしている設計者は必ず一度は痛い目を見る。
疲労破面の見分け方
疲労破壊の破面には三つの領域がある。
1. 起点:表面の傷や応力集中部から微小亀裂が発生
2. 進展領域:貝殻状の縞模様(ビーチマーク)が広がる——ゆっくり進展した跡
3. 最終破壊:残った断面が一気に破断、ザラついた繊維状の破面
破断品を見たとき、ビーチマークがあれば疲労破壊だ。
私は若手にいつもこう言う。「破面の3割以上が滑らかなら疲労を疑え」と。
S-N曲線——疲労評価の地図
疲労試験の基本データはS-N曲線だ。
- S(Stress):応力振幅 [MPa]
- N(Number of cycles):破壊までの繰返し数
横軸N(対数)、縦軸Sでプロットすると、右下がりの曲線が描ける。
鉄鋼材料の場合、ある応力以下では何回繰返しても壊れない疲労限度(fatigue limit)が存在する。
通常10^6〜10^7回でフラットになる応力を疲労限度とする。
鋼材の経験則
炭素鋼の疲労限度は引張強さの40〜50%程度。
SS400(引張強さ400MPa)なら、疲労限度は約180〜200MPa。
SCM440焼戻し(引張強さ900MPa級)なら、疲労限度は約400〜450MPa。
| 鋼種 | 引張強さ | 疲労限度(目安) | 用途 |
|---|---|---|---|
| SS400 | 400MPa | 180MPa | 一般構造 |
| SM490B | 490MPa | 220MPa | 重要構造 |
| S45C調質 | 690MPa | 310MPa | 軸物 |
| SCM440調質 | 980MPa | 440MPa | 高強度軸 |
| SUJ2焼入れ | 2000MPa | 800MPa | 軸受 |
試験規格
疲労試験はJIS Z 2273(金属材料の疲れ試験方法通則)、軸力疲労はJIS Z 2279、回転曲げ疲労はJIS Z 2274が基本。
試験機は島津製作所、東京試験機、IHI検査計測などが有名。
回転曲げは小野式試験機が古くからの定番、軸力疲労は油圧サーボ式(MTS、Instron、島津)が現在の主流。
アルミ合金には疲労限度がない
鋼にはフラットな疲労限度があるが、アルミ合金にはない。
S-N曲線が右下がりのまま、回数を増やせば応力が無限に下がっていく。
そのためアルミ部品の疲労評価では、10^7回や5×10^8回での「疲労強度」を使う。
A6061-T6の10^7回疲労強度は約95MPa、A7075-T6で約160MPa程度。
航空機構造でアルミを使うとき、耐用年数の運用サイクル数で疲労破壊しないかを綿密に計算する。
産業機械でも、回転体に使うアルミ部品は要注意だ。
私が常駐したある半導体製造装置メーカーで、回転テーブルのアルミブラケットが2年で疲労破壊した経験がある。
カタログ静的強度では3倍余裕があったが、毎分120回転×2年で12,000万回——10^8回を超えていた。
S-N曲線を見ずに静的強度だけで判断したのが原因だった。
疲労に効く5つの要因
S-N曲線は標準試験片(つるつるの丸棒)のデータ。
実際の部品では、以下の要因で大幅に疲労強度が下がる。
① 表面粗さ
疲労亀裂は表面から発生する。表面が粗いほど起点ができやすい。
旋削肌(Ra3.2程度)と研削肌(Ra0.8以下)では、疲労強度が20〜30%変わる。
重要部品は研削仕上げ、できればショットピーニングで表面に圧縮残留応力を入れる。
② 応力集中(切欠き、穴、フィレット)
疲労強度は応力集中の影響を強く受ける。
シャフトの段付きでR=0の入隅なら、応力集中係数Kt=3以上になり、疲労強度は1/3に低下する。
段付きには必ずR取り、できればRはシャフト径の0.1倍以上。
これだけで疲労寿命が10倍変わる。
③ 表面処理
メッキ(特にクロムメッキ)は引張残留応力を生じ、疲労強度を下げることがある。
逆に窒化、浸炭、ショットピーニング、ローラ加工は圧縮残留応力で疲労強度を上げる。
高サイクル疲労が懸念される軸物は、焼入れ+研削+ショットピーニングが王道。
④ 平均応力(応力比R)
繰返し応力は振幅Saだけでなく平均応力Smも影響する。
平均応力が引張側に大きいと疲労強度は低下する。
これを評価するのがGoodman線図やSoderberg線図。設計では片持ち梁的に応力振幅と平均応力をプロットし、許容領域内に収める。
⑤ 環境
腐食環境(海水、湿気)では「腐食疲労」が起こり、鋼でも疲労限度が消える。
高温下では「クリープ疲労」、低温下では「低温脆性+疲労」の複合となる。
設計でどうS-N曲線を使うか
私が現場で実際にやっている疲労評価の手順は以下の通り。
ステップ1:荷重サイクルを定義する
「この部品は1日何回、何MPaの応力を受けるか」を整理する。
搬送装置なら、1サイクル=1回の搬送動作で、1日何サイクル動くか。
プレス機なら、ストローク数/分とMPa値。
設計寿命を10年と置くなら、総サイクル数N=日サイクル×稼働日×10年。
これが10^6超えなら高サイクル疲労の領域だ。
ステップ2:応力解析でホットスポットを特定
FEA(Ansys, NX Nastran, SolidWorks Simulation等)で繰返し応力部位の最大応力振幅を出す。
ホットスポット応力を出すのが目的。
ステップ3:S-N曲線から許容応力を読む
設計サイクル数Nに対する応力振幅Saを、材料のS-N曲線から読む。
ただし表面・形状・寸法の補正係数を掛ける。安全率2〜4を見ておく。
ステップ4:応力≦許容応力を確認
満たさなければ、形状変更(Rを大きく、肉厚アップ)、材質変更(高強度鋼)、表面処理(ショットピーニング)で改善。
私が現場で痛い目を見た例
冒頭にも書いたが、ロボット先端のブラケットを引張強さSS400=400MPaで「最大応力150MPaなら余裕」と判断したことがある。
SS400の疲労限度は約180MPa、応力集中係数Kt=2.5を考えると、許容できる応力振幅は72MPa。
実際の応力は150MPaなので、約3か月(10^6回)で破壊した。完全な計算ミスだ。
このとき先輩から言われた一言が今も指針になっている。
「静的強度はゆっくり物を持ち上げるとき、疲労強度は毎日持ち上げ続けるときの強さ」
設計対象が「動くもの」「繰返し荷重を受けるもの」なら、必ず疲労評価をする。
これが20年やってきて行き着いた結論だ。
おわりに
疲労破壊は、強度計算が万全でも起こる。
S-N曲線の存在を知らない設計者は今も意外と多く、私も若手の頃はそうだった。
教科書には書いてあるが、実際に現物が折れて初めて意味が分かる世界だ。
機械設計者が一人前になる過程で、必ず一度は疲労破面と向き合う日が来る。
その時に「これは疲労だ」「自分の計算が甘かった」と分かれば、次は防げる。
材料メーカー(神戸製鋼、日本製鉄、大同特殊鋼など)のカタログには鋼種別のS-N曲線が載っている。
時間のあるとき一度ダウンロードして、自社で使う鋼材のS-N曲線を眺めておくといい。
それだけで、設計判断が一段深くなる。
設計×現場ラボ|sekkei-tech.com


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