長年CATIAやNXといったハイエンドCADを使ってきた身からすると、Onshapeを初めて触ったときの違和感は今でも覚えている。ブラウザだけでCADが動く、しかもファイルという概念がない。保存ボタンがどこにもない。最初は「これはおもちゃだろう」と思っていたが、実際に小規模チームでの試作開発プロジェクトに導入してみると、従来のCADでは考えられなかったスピード感でチーム設計が回ることに驚かされた。
一方で、Fusion 360も個人事業主やスタートアップの設計現場で急速に広まっている。私自身、副業で小規模な設計案件を受けるようになってから、クライアントのCAD環境に合わせてOnshapeとFusion 360の両方を実務で使う機会があった。この記事では、両者をチーム開発の観点から比較し、それぞれの強みと弱み、そして実際に使ってみて分かった落とし穴を、具体的な現場エピソードとともに紹介していく。単純な機能比較表ではなく、「複数人で設計データを共有しながら開発を進める」という視点にこだわって書いている。
そもそもクラウドCADとは何が違うのか
まず前提として、Onshapeは完全なクラウドネイティブCADで、データはすべてクラウド上に保存され、ローカルにファイルは一切残らない。ブラウザさえあればどの端末からでも同じデータにアクセスでき、複数人が同時に同じモデルを編集することもできる。対してFusion 360はクラウド連携型のCADで、基本的にはローカルにアプリケーションをインストールして使うが、データ保存先はクラウド上のプロジェクトフォルダになっている。両者は似ているようで、実は設計思想がかなり異なる。
従来のデスクトップCAD(CATIA、NX、SolidWorksなど)は、ファイルをローカルまたは社内サーバーに保存し、複数人での編集はPDMやファイルロックの仕組みで排他制御する形が一般的だ。これに対してOnshapeは、Googleドキュメントに近い発想で、複数人が同時に同じモデルを見ながら編集できる。これは慣れるまでは違和感があるが、慣れると手放せなくなる便利さがある。
私が最初に驚いたのは、リアルタイムでチームメンバーのカーソル(というより編集箇所)が画面上に表示される点だった。誰かが今どの部品を触っているかが一目で分かるので、「あ、今そこ触ってるんですね、じゃあ自分は別のところをやります」というやり取りが、口頭確認なしに自然と発生する。従来のCADで「今誰がこのファイルを開いてますか」とチャットで確認していたのが嘘のようだ。
この違いは、単なる技術的な差異にとどまらず、チームの働き方そのものに影響を与える。デスクトップCAD文化に長く浸ってきた設計者ほど、「ファイルを開いて、編集して、保存する」という一連の動作が身体に染み付いているため、Onshapeの「常に誰かが編集していて、常に最新状態が反映される」という環境に最初は戸惑うことが多い。私自身、導入初期に「保存し忘れて作業が消えるのでは」と無意識に不安になり、こまめに画面をリロードして確認していた時期があった。数週間使ってようやく、そもそも保存という概念自体が存在しないことに納得できた。この感覚の切り替えには個人差があり、ベテラン設計者ほど時間がかかる印象を持っている。
Onshapeのチーム開発での強み
バージョン管理がGitに近い発想
Onshapeの最大の特徴は、バージョン管理の仕組みがソフトウェア開発のGitに近い発想で設計されていることだ。「ブランチ」を切って派生設計を試し、問題なければ「マージ」して本流に統合する、という操作が標準機能として用意されている。
実際に私が関わった案件では、既存製品の派生機種を検討する際、本流のモデルはそのままに、ブランチを切って重量削減案を試作した。この派生検討中も本流のモデルは通常通り更新が続けられており、最終的に重量削減案を採用することが決まった段階で、ブランチをマージして本流に統合した。従来のデスクトップCADであれば、派生検討用にファイルをコピーして別管理し、後で手作業ですり合わせるという面倒な作業が発生していたはずだ。この点は、複数の設計案を並行して検討することが多いチームにとって、かなり大きなアドバンテージだと感じている。
アクセス権限の柔軟な管理
もう一つの強みが、アクセス権限の柔軟さだ。外注先の設計者に特定のドキュメントだけ閲覧・編集権限を付与し、他のプロジェクトには一切触れられないようにするといった細かい制御が、管理画面から数クリックで完結する。私が副業で外部の協力設計者と組んだ際も、Onshapeのリンクを一つ送るだけで、相手はインストール作業もライセンス購入も不要で即座に編集に参加できた。従来型CADであれば、ライセンスの手配、VPN接続の設定、ファイルの受け渡し方法の調整など、共同作業を始めるまでに数日かかることも珍しくなかったが、これが数分で済んでしまう。
弱点:大規模アセンブリでの動作速度
一方で弱点もある。私が経験した範囲では、部品点数が数千点を超えるような大規模アセンブリを扱うと、ブラウザ上での動作がもたつく場面があった。特に、複雑な曲面形状を含むアセンブリを回転・ズームする際に、デスクトップCADに比べてカクつきを感じることがあった。Onshapeはハードウェアのグラフィックボード性能に依存する部分が少なく、サーバー側での計算に頼る設計になっているため、通信環境が悪い場所(出張先のホテルWi-Fiなど)ではストレスを感じる場面もあった。大規模な自動車部品や産業機械のような、数千点規模のアセンブリを扱う現場では、まだデスクトップCADに分があると感じている。
コスト構造の違い
チーム導入を検討する際に見落とせないのが、ライセンス費用の構造だ。Onshapeは基本的にユーザー数に応じた月額課金で、編集権限を持つユーザーの人数分だけ費用が発生する。閲覧のみのユーザーであれば無料枠で対応できるプランもあり、外部の関係者に図面を見せるだけであればコストをかけずに済む。私が関わった案件では、社内設計者5名分のライセンスに加えて、外注先2社に閲覧アカウントを無償で発行し、図面確認のためだけにわざわざファイルをPDF変換して送る手間がなくなった。
Fusion 360は個人事業主向けの安価なプランから、企業向けのチームプランまで幅広く用意されており、CAM機能や解析機能をどこまで使うかでプランのグレードが変わる。私の感覚では、小規模チームであればFusion 360のほうが初期費用を抑えやすく、逆に外部協力者との連携頻度が高いチームではOnshapeのほうがトータルコストで有利になりやすい印象がある。
Fusion 360のチーム開発での強み
CAM・解析機能との統合の強さ
Fusion 360の強みは、CAD機能だけでなく、CAM(加工プログラム作成)やシミュレーション(構造解析)機能が一つのアプリケーションに統合されている点だ。私が小規模な試作部品を設計から加工まで一貫して担当した際、設計変更があってもCAMのツールパスが自動で追従してくれる連携の良さに助けられた。従来であれば、CADで設計変更した後、CAM側で改めてツールパスを引き直す必要があり、この作業だけで半日かかることもあった。Fusion 360ではこの手戻りがほぼ発生しない。
小規模チームや個人事業主にとって、設計・解析・加工まで一つのツールで完結できるのはコスト面でも大きなメリットだ。個別にCAMソフトを購入する必要がなく、ライセンス費用を大幅に抑えられる。
プロジェクト管理機能とコメント機能
Fusion 360のTeam機能では、モデルに対してコメントを付けたり、承認プロセスを回したりする仕組みが用意されている。私が関わった小規模チームでは、設計変更の意図をモデル上に直接コメントとして残す運用にしていた。これにより、「なぜこの形状にしたのか」という背景情報が、別途ドキュメントを作らなくてもモデルと一体で残るようになった。数ヶ月後に同じモデルを触る際、コメント履歴を見返すだけで設計判断の経緯が分かるのは、地味だが非常に助かる機能だ。
弱点:同時編集の制約
Fusion 360はOnshapeほど徹底したリアルタイム同時編集には対応していない。同じドキュメントを複数人が同時に開くことはできるが、同一の部品(コンポーネント)を同時に編集しようとすると、片方の変更が反映されないなどの不整合が起きることがあった。私が経験した現場では、この問題を避けるため、部品ごとに担当者を明確に分け、同じ部品を複数人が触らないようにチーム内でルール化していた。Onshapeであればこうした調整をあまり気にせず作業できるので、この点は明確な差だと感じている。
学習コストとチームの習熟スピード
もう一つ実務で感じたのが、チームメンバーの習熟スピードの違いだ。Fusion 360は操作感が従来のデスクトップCAD(特にSolidWorks)に近いため、SolidWorks経験者であれば数日で実務レベルの操作に慣れることができた。私の周囲でも、SolidWorksからFusion 360に移行した設計者は、コマンド名や操作フローの類似性から違和感なく移行できたケースが多い。
一方Onshapeは、UIの発想そのものが従来CADと異なる部分が多く(バージョン管理の考え方、フォルダではなくドキュメント単位でのデータ管理など)、ベテラン設計者ほど最初の学習に時間がかかる傾向を感じた。私のチームでは、Onshape導入後の最初の1ヶ月は、簡単な部品モデリングでも従来CADの倍近い時間がかかっていたメンバーもいたが、2ヶ月目以降はむしろ従来CADより効率的に作業できるようになったという声も多く聞かれた。導入直後の生産性低下を見込んだ上でスケジュールを組むことが、現場の混乱を避けるコツだと感じている。
実務での使い分けの判断基準
私自身の経験から、Onshapeが向いているのは次のようなケースだ。まず、外部の協力会社や在宅の設計者と頻繁にデータをやり取りする体制。ライセンス管理の手間がほぼゼロで、URLを共有するだけで即座に共同作業を始められる手軽さが活きる。次に、複数の設計案を並行して素早く検討したいケース。ブランチ機能を使えば、本流を止めずに派生案を試せる。
一方でFusion 360が向いているのは、設計から加工・簡易的な構造解析まで一気通貫で行いたい小規模チームや個人事業主だ。特に試作品を自分たちで加工まで担当するような現場では、CADとCAMがシームレスに連携するメリットが大きい。
実際の現場では、両方を併用するケースもある。私が関わった案件では、社外の協力設計者とのやり取りにはOnshapeを使い、社内で加工まで担当する部品についてはFusion 360で設計・CAM作成を行うという使い分けをしていた。データ形式の変換(STEPファイル経由)は必要になるが、それぞれの強みを活かせる体制として悪くない選択だったと感じている。
クラウドCAD導入で直面したセキュリティ面の懸念
クラウドCADの導入を検討する際、必ずと言っていいほど社内から挙がるのがセキュリティへの懸念だ。設計データを社外のクラウドサーバーに置くことに抵抗を感じる管理職は多い。私が導入提案をした際も、情報システム部門から「機密図面が海外サーバーに置かれることのリスク評価をしてほしい」という指摘を受けた。
これに対しては、両サービスとも企業向けプランでアクセスログの監査機能、二段階認証、IPアドレス制限といったセキュリティ機能を提供しているため、これらを有効化した上で、社内の情報セキュリティポリシーと照らし合わせて評価を行った。最終的には、極秘扱いの主要構造図面はデスクトップCAD(社内サーバー管理)のまま残し、試作段階の派生検討や、外部協力会社との共同作業が発生する部品についてのみクラウドCADを使うという、いわば「ハイブリッド運用」に落ち着いた。全面移行を急がず、リスクの低い領域から段階的に導入するのが、社内の理解を得ながら進める現実的なアプローチだと感じている。
サブスクリプション型ライセンスとの付き合い方
クラウドCADはいずれもサブスクリプション型のライセンス体系を採用しており、従来のデスクトップCADのような買い切り型とは根本的に異なる。この違いは、単なる支払い方法の変更にとどまらず、社内の予算計画のあり方にも影響する。買い切り型であれば初年度に大きな投資をして以降は保守費用のみで済むが、サブスクリプション型では毎年一定の費用が継続的に発生し続ける。長期的な総コストで見ると、5年、10年という単位ではサブスクリプション型のほうが割高になるケースもあるため、経営層への説明の際にはこの点を正直に伝えておく必要がある。
一方で、サブスクリプション型には、常に最新機能が自動的に提供されるというメリットもある。私が経験した現場では、機能アップデートのたびに社内で新バージョンへの移行作業(互換性確認、社内マニュアルの更新)が必要だった買い切り型のCADに比べて、クラウドCADは常にブラウザ側で最新版が動いているため、この手の移行作業が一切不要になった。バージョン間の互換性トラブル(古いバージョンで作ったファイルが新バージョンで開けない、あるいはその逆)に悩まされてきた身としては、この恩恵は思っていた以上に大きかった。
データ移行と既存CADとの互換性
もう一つ実務で重要なのが、既存のCATIAやSolidWorksで作成した過去データとの互換性だ。OnshapeもFusion 360も、STEP形式でのインポート・エクスポートには対応しているが、パラメトリックな設計履歴(フィーチャーツリー)まではそのまま引き継げず、インポート後は形状データ(ダムソリッド)として扱われることになる。
私が経験した案件では、過去にSolidWorksで作成したユニットをOnshapeで流用設計しようとした際、フィーチャー履歴が失われているため、形状の一部を変更しようとしても元の設計意図(どの寸法を基準にどう変形したか)が分からず、結局スケッチから作り直す羽目になったことがある。この手戻りにかかった時間は、最初からOnshapeでゼロから設計した場合とほぼ変わらなかった。過去資産をクラウドCADで流用する際は、「そのまま使い回せる」という期待値を持たず、必要に応じて作り直す前提で計画を立てたほうが現実的だ。
中小規模チームへの導入を検討する際のチェックリスト
最後に、これからクラウドCADの導入を検討するチームに向けて、私が実際に確認して役立ったチェック項目を整理しておく。
| 確認項目 | 理由 |
|---|---|
| 扱うアセンブリの部品点数規模 | 数千点超の大規模アセンブリはOnshapeで動作が重くなる場合がある |
| 外部協力者との共同作業頻度 | 頻度が高いほどOnshapeのアクセス権限管理の恩恵が大きい |
| 加工・CAM作業を内製するか | 内製比率が高いほどFusion 360の統合機能が活きる |
| 通信環境の安定性 | 出張・現場作業が多い場合はオフライン利用可否も確認が必要 |
| 既存CADからのデータ移行範囲 | フィーチャー履歴は引き継げない前提でスケジュールを組む |
| 情報セキュリティポリシーとの整合性 | 機密度に応じてハイブリッド運用も検討する |
クラウドCADは、従来のデスクトップCADを単純に置き換えるものではなく、チームの働き方そのものを変える可能性を持ったツールだと感じている。ただし、その恩恵を最大限に受けるには、自分たちのチームがどんな課題を抱えているのか(外部協力者とのやり取りが多いのか、加工まで内製するのか、大規模アセンブリを扱うのか)を明確にした上で選ぶ必要がある。機能の多さや目新しさだけで飛びつくと、自分たちの開発スタイルに合わずに定着しないまま終わってしまう。実際に試用期間を使って、自分たちの典型的な設計作業をひと通りやってみることを強くお勧めしたい。
実際に導入してみて感じた総括
最後に、両方のクラウドCADを実務で使ってきた立場から、率直な感想を書いておきたい。導入前は「クラウドCADはハイエンドCADの簡易版」という先入観を持っていたが、実際に使ってみると、単に機能を削った廉価版ではなく、チームでの共同作業を前提に設計思想そのものが作り直されているツールだと感じるようになった。特にOnshapeのバージョン管理の考え方は、ソフトウェア開発の世界で当たり前になっているGit的な発想を機械設計の現場に持ち込んだものであり、慣れると「なぜ今まで無かったのか」と思うほど自然に使えるようになる。
一方で、ハイエンドCADが培ってきた大規模アセンブリの処理能力や、特殊な曲面設計機能、業界特化のアドオン(板金展開、配管設計など)の充実度では、まだクラウドCADに分がある領域も残っている。すべての設計業務をクラウドCADに置き換えるのではなく、自分たちのプロジェクトの性質を見極めて、適材適所で使い分けることが、現時点では最も現実的な選択だと考えている。今後数年でクラウドCADの機能はさらに拡充されていくはずなので、定期的に試用版で最新の実力を確認し続けることも忘れないようにしたい。


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